#練習用
二階建ての一軒家に住んでいた頃、 私は、定期的に階段から落ちていた。 3年に1回くらいの頻度だったように記憶しているが、 中でも物心つく前に落ちた時は、生死の境をさまよったらしい。 今のように、気軽にレントゲンを撮って診断することなど出来ない…
父が倒れたのは、初夏の朝だった。 前日まで旅行していて、 久しぶりに家に帰り、盆栽に朝の水やりを済ませて、 一服しようと腰を下ろして煙草に火をつけたところで、 心臓発作に見舞われたのだ。 母は、人工呼吸を試みたが、すぐに諦め、 救急車を呼び、近…
父は、多趣味な人であった。 油絵、ゴルフ、熱帯魚、盆栽。 子供たちが小さいころは、よく油絵を描いていた。 画板を抱えて写生に連れて行ってくれた。 絵を描くのは、父と子供たちだけで、母は、描かなかった。 絵を描くのに飽きると、父の周りで母と遊んだ…
父は、新しく会社を作るたびに、自宅を担保に銀行から借金をした。 自宅を借金の形に取られたことは一度もなかったが、 母は、気が気ではなかったようだ。 父自身は、借金を踏み倒したことは一度もなかったが、 父が貸した金は、ほとんど返してはもらえなか…
信州の工場に行くことが増えて、父は留守がちになった丁度その頃、 父の弟たちが上京して一緒に住むようになった。 父の弟たちは、働きながら夜間高校に通っていたが、 幼いころは、よく遊んでくれた。 やがて、卒業すると、父の仕事を手伝うようになった。 …
自ら開発した電気部品を秋葉原の電気街で売り込むのが、 当時の父の仕事だった。 どこにも売っていないものだから、 その良さが伝われば、部品は瞬く間に売れた。 しかし、数か月後には、 大手の部品メーカーが、 類似品を格安で大量販売し始めて、 父の作っ…
終戦を九州で迎えた父は、復員して静岡の実家に帰った。 しばらくぶらぶらしていたら、 教員の仕事があると言われて、 理科と数学を教えることになった。 あまりやる気のある教師ではなく、 自然観察と称して、海で遊んだりしていたと聞いたことがある。 い…
父は、特攻隊員だった。 「永遠の0」で話題になったような飛行機乗りではなく、 海軍の特攻隊だから、 乗るのは「人間魚雷」だった。 出撃命令が下る前に終戦を迎えたので、 父は死なずに済んだ。 特攻隊には、志願したことになっていたが、 勿論、本意では…
亡父がよく話していた思い出話で、 オリンピックというと思い出す話がある。 まだ戦争前の話で、父が工業高校の学生だった頃のことである。 生まれた村の近くには高校が無かったので、 親元を離れて、同じ県内の都市で下宿生活をしていた。 食事付きの下宿で…
最近の母は、よく物を失くすようになった。 母の所を訪ねる度に、 何かしら失くしたと言っては探し回っている。 貴重品は、置き場所を決めて、 違うところに仕舞おうとするのを私や姉が見かけるたびに、 仕舞いなおしているので、何とかなくならずに済んでい…
近頃は、メールしても気が付かないことが多い母。 たまに遣すメールも語尾に不思議な文字列が並んでいる。 その謎の文字列の意味を母に尋ねたが、 記憶に無いという。 :メールの使い方も忘れちゃった。 という、母。 これは、想像なのだが、 メールの文章を…
母の家は、窓にカーテンを下げる代わりに、 障子を使っている。 父が生きていた頃は、 障子紙を買ってきて、夫婦で張替えをしていたが、 父が亡くなってからは、 近所の表具屋さんに頼んでいた。 先日、洗濯物を干していて、 障子に穴を開けてしまった母は、…
父の日には、 餅屋の草大福を買って仏壇に供えるのが、 父が亡くなってから毎年の恒例だった。 昨日も、同じようにと考えて、いつもの餅屋に行ったら、 珍しく売り切れになっていた。 餅屋の草大福は、 小ぶりでやわらかく、甘さ控えめで父の好物だった。 値…
母の家の庭の隅にあったナンテンの木。 間違って切ってしまった後、 姉に不運が続いたので、 母は、新しいナンテンを探しに行った。 その頃は、春先でちょうど店にも並んでいなくて、 あちこち探し回っているうちに、 思いのほか遠くまで来てしまった。 疲れ…
先日、母の家に行くと、 母が、浮かない顔で出てきて、 :携帯電話が見つからないの。 と言った。 早速、私の携帯で母の携帯に電話をかけて、 呼び出し音を頼りに探した。 実は、先日も同じようなことがあって、 その時は、母が、携帯をマナーモードにしてい…
数ヶ月前のこと、 母が伯母の家に遊びに行くと、 伯母がお札の束を見せて :このお金、何処に隠したらいいと思う? と聞いたのだそうだ。 母は、 :私に決められるわけ無いじゃない。 と言って、札束を持ってウロウロする伯母を残し、 そのまま帰ってきた。 …
母の家の庭の隅に、ナンテンの木があった。 私が子供の頃からずっとあったので、 もう何十年もそこに生えていた。 勝手に生えてきたらしいが、 母は、 :ナンテンの木は、難を転じるといわれていて、縁起がいいんだよ。 と言ってずっとそのままにしていた。 …
母の家で久しぶりに雛人形を飾った。 姉が生まれた翌年に祖母が買った人形なので、 60年以上前のものだ。 姉の成長に合わせて、毎年1段ずつ祖母が買い足して、 5段飾りが完成した時に、 知り合いの大工さんが専用の段飾りの骨組みを作ってくれた。 組み…
父が亡くなってから、 母は、ずっと父の財布を使っていた。 こげ茶の折りたたみ式の札入れで、 かさばらなくて良いと、 母は、喜んで使っていた。 父の形見だということもあって、 特別に大切にしていた。 その財布を紛失したのが、 4ヶ月ほど前だった。 :…
年末年始は風邪気味で、母の家には行けずに終わった。 たいした風邪ではないのだが、 母にうつすと申し訳ないと思い、訪問は自粛した。 母からは、毎日のようにメールがあり、 返信を忘れると、5通も6通も同じ内容で送ってきた。 最初は、普通に風邪の見舞…
毎週「笑点」が始まる時間にアラームをセットした母の携帯。 1回では聞き逃すと言うので、 5分前にも鳴るようにしておいた。 先日は、忘れて外出していたけれど、 散歩の途中で鳴り出して、 急いで家に帰って間に合ったとメールがあった。 毎週、決まった…
先日、帰宅すると、留守番電話のランプが点滅していた。 再生ボタンを押すと、 5件の伝言があるとアナウンスがあった。 すべて、母からだった。 全部を再生してみると、 どうやら、母は、留守番電話だとは気付かずに、 アナウンスのテープと会話しているよ…
母が靴を買った。 これまで履いていたのが、靴底が擦り切れて滑りやすくなったので、 もうひとつ同じような履き心地のを買ってきたらしい。 だが、履き心地が気に入らなかったのか、 すぐにまた、もう一足買って来た。 玄関に三足の靴を並べ、 どれが新しい…
毎週、笑点を見逃して落胆している母。 先日、母の所を訪ねた折に、 母の携帯のアラームが、 毎週「笑点」の始まる時間に鳴るように設定しておいた。 何故鳴ったのか、見てすぐにわかるように、 タイトルを「笑点が始まるよ」とした。 上手く行くか、今週は…
母が、 :最近、笑点を見逃しちゃうの。 と、残念そうにいうので、 日曜日の5時半過ぎにメールして、 そろそろはじまるよと教えたら、 その週は見られたようで、 ありがとうございます ありがとうございます 今日しつかりわすれないで ひさしぶりに楽しみま…
寝不足で、ぼーっとした頭で、 駅のエスカレーターの真ん中に乗って、 はっと、気がついて端へ避けた。 急ぎ足で上っていった2~3人が、 すれ違いざまに睨み付けて行った。 急ぐ人のために片側をあけて、 エスカレータの端っこに乗らなきゃいけないなどと…
姉の最近の興味は、「神社」の歴史らしい。 きっかけは、神社の祭神から、古代国家の成り立ちを探るという本を読んでから、 その方面の文献を読み漁るうち、すっかり夢中になったようだ。 私も、1冊貸してもらった。 岩波新書の「出雲と大和」という本であ…
母の薬の管理をするようになってから約1ヶ月。 二日おきに様子を見に行っている。 初め、数日分を用意して、残りの薬を袋に入れておいたら、 母が、それを何処かに片付けてしまって、 探しても見つからなかった。 そこで、残っている薬をすべて分類して、 …
母が薬を失くしてしまうようになったので、 カレンダーの下にポケット付きの万年カレンダーを取り付けて、 1日分ずつ小さな袋に入れておいた。 :これなら解りやすいわね。 と、母も喜んだ。 しかし、数日経って再び訪れると、 万年カレンダーは、撤去され…
先日、母の家を訪れると、母の姿が無かった。 メールで行くことは伝えてあったのだが、 外出してしまったらしい。 机の上に書置きなどないかと探してみると、 書置きではないが、習字の練習をした紙が置いてあった。 その文字を見てぎくりとした。 紙には、 …