落とし物

母が財布をなくした。
母が、形見と称して愛用していた父の財布である。
一人で買い物に行った時に落としたらしかった。

形見の財布がなくなってしまったと、母は落胆していたが、
親切な方がすぐに届けてくれたようで、
翌日、姉の所に警察から連絡があった。
何年も前に、姉に頼まれてクリーニングを出しに行った時のポイントカードが、
財布の中に入れっぱなしになっていたのが幸いしたらしい。
財布は、姉が警察に取りに行って、数日で母の元に戻ってきた。

姉が母の所に財布を届けに行った日、
もう一人の姉が、もう落とさないようにと、
バッグと財布をつなげるコードを買って届けた。
母は、形見の財布を仏壇に供えて、
もう持ち歩かないことにした。

形見の財布だと母が大切にしているので黙っていたが、
実は、父は、その財布を使ったことがない。
生前の父は、ものを大切にする人で、財布も使い古しのぼろぼろの物を使っていた。
見かねた子供たちが、色々な財布をプレゼントしたが、
使い慣れたものが良いと言って、ぼろぼろの財布を使い続けていた。
父が亡くなった後で、手ごろな財布を探していた母が、
その未使用の財布を見つけて使い始めたのが始まりである。

母も、姉たちもすっかりいきさつを忘れているようだし、
余計なことかなと、黙っておくことにした。