旅の記憶

以前の母は、旅行をすると
帰って来てから、記録をつけていた。
泊まった旅館の名前や訪れた名所の名前も細かく記録されていて、
後で話題になった時に確認するのに便利だったそうだ。

しかし、ここ数年、その習慣をすっかり止めてしまった。

　：なんだか面倒になったから。

と、母は、話していた。
毎日つけている５年日記には記録しているようだが、
５年日記では、後でそれだけを探そうとした時に、
何処に書いてあるか探しにくく、

　：草津に行ったのはいつだっけ？

と言う話になっても、
結局、思い出せぬまま、曖昧になってしまったりする。

そんな母が、つい先日、

　：私、今年は何処にも旅行してないわ。

と言い出し、慌てた。
姉の家族が、２ヶ月に１回は
泊りがけで温泉に連れて行っているというのにである。

どうやら、７月８月と珍しく置いて行かれ、
お土産を受け取るばかりだったので、
その前の旅の記憶が何処かへ飛んでしまったらしい。

春の山陰旅行や初夏の軽井沢、草津と、
順に話していったら、
そういえばそうだったと思い出したようだ。

　：やっぱり書いておかないとだめね。

そう言いながら母は笑った。