ゲームの思い出・マリオカート64
1996年の冬、私は、ほぼ丸1ヶ月、
このゲームにかかりきりだった。
たくさんのマリオカートのシリーズの中でも、
ミラーコースまで走りつくしたのは、
この64版だけである。
SFC版では出来なかった
グランプリモードの2人プレイが、
長く遊べる理由になった。
そして、息子との対戦で、
どう頑張っても勝てなくなったのも、
この64版の途中からだった。
その日、いつものように息子の前を走っていた私は、
ふと、気がついて息子に、
前を走ってもいいんだよと言った。
それ以来、私が息子に勝つことは、
ほとんど無くなった。
息子は、それまで、負けず嫌いの私に遠慮して、
勝ちを譲ってくれていたのだった。
次のゲームに私が興味を移してからも、
息子は一人でこのゲームを遊んでいた。
ある時、何をしているのかと覗いてみると、
彼は、クッパ城の溶岩の中に、
他のキャラクター全員を落として
誰にもゴールを許さず、
延々と遊び続けていたのだった。
3月23日追記
この記事について、ナリさん( http://blog.goo.ne.jp/sound-u_nobel )より、SFC版マリオカートでも、グランプリモードの2人対戦は出来るとのご指摘をいただきました。あいまいな記憶で、誤った記事を書いてしまい申し訳ありませんでした。64版のグランプリモードが、遊びやすくなっていたことによる記憶違いだったと思われます。教えていただきありがとうございました。
このゲームにかかりきりだった。
たくさんのマリオカートのシリーズの中でも、
ミラーコースまで走りつくしたのは、
この64版だけである。
SFC版では出来なかった
グランプリモードの2人プレイが、
長く遊べる理由になった。
そして、息子との対戦で、
どう頑張っても勝てなくなったのも、
この64版の途中からだった。
その日、いつものように息子の前を走っていた私は、
ふと、気がついて息子に、
前を走ってもいいんだよと言った。
それ以来、私が息子に勝つことは、
ほとんど無くなった。
息子は、それまで、負けず嫌いの私に遠慮して、
勝ちを譲ってくれていたのだった。
次のゲームに私が興味を移してからも、
息子は一人でこのゲームを遊んでいた。
ある時、何をしているのかと覗いてみると、
彼は、クッパ城の溶岩の中に、
他のキャラクター全員を落として
誰にもゴールを許さず、
延々と遊び続けていたのだった。
3月23日追記
この記事について、ナリさん( http://blog.goo.ne.jp/sound-u_nobel )より、SFC版マリオカートでも、グランプリモードの2人対戦は出来るとのご指摘をいただきました。あいまいな記憶で、誤った記事を書いてしまい申し訳ありませんでした。64版のグランプリモードが、遊びやすくなっていたことによる記憶違いだったと思われます。教えていただきありがとうございました。